HAN-KUNはマイク1本で自己表現していくダンスホール・レゲエDee Jayであり、そこには様々なタイプが存在するのだが、彼は〈ハードコアなかけ合いもできてサビも歌える自分だけのスタイル〉を極めようとメッセージする歌い手。いちDee Jayとしての意識は高く、またRUB-A-DUB(ラバダブ)と呼ばれるダンスホール特有のフリースタイルを得意としていることも、現場を知る人なら周知の事実である。レゲエとの出会いは、高校時代、友達の彼女が車の中でかけた手製のミックス・テープから流れてきたBUJU BANTONの「UNTOLD STORIES」。ダンスホールという音楽ジャンルの存在に衝撃を受け、きっかけとなったBUJUを始め、BEENIE MAN、BOUNTY KILLERといったジャマイカン・アーティストの音源や、当時急速に形成されつつあったジャパニーズへも傾倒(これまでも様々な機会に、地元・神奈川エリアはもちろん、当時からホッテスト・レゲエ・タウンであった大阪のシーンには影響を受けたというエピソードを語っている)。1998年、地元のサウンドに誘われて初のステージを経験(とは言っても「お客さんなんて5?6人だった(笑)」そうだが)、同じ頃、新人を集めたダブ・ミックス・テープ集に参加。この時にRED RICEとも出会っている。
その後、現在へとつながる湘南乃風のメンバーやMURDER ONEといった地元とのリンクを深め、2002年、湘南乃風の2本目のミックス・テープ完成を機に湘南乃風はワン・ボックスでの全国ツアーへ。2003年には湘南乃風としてデビューに至るのはご存知の通りだ(この頃にも他エリアとのリンクに加え、ジャマイカを数度往復)。デビュー後にもソロ・アクトとしていくつかの大きな転機を経て(これについては、転機と呼ぶに相応しい多くの参加作品が発表されているので、実際に探して聴いてみることを勧めたい)、2006年以降、ひとりでの全国行脚を活発化させていく。決して大きいとは言えないクラブでのローカル・ダンスから、野外ビッグ・フェスやそのアフターでのラバダブ出演、クレジットされてのソロ・ステージに至っては最近のことだ。そう、この間、他アーティストとのフィーチャリングやコンピ収録はあったものの、まだオリジナル・ソロ作品を出していない。
そして2008年、1stソロ・アルバム『VOICE MAGICIAN』が到着。まさに満を持してのリリースである。しかし、ここから先の説明は不要だ。なぜならば、今日、この時、どれほどの期待と責任を背負って歌い、表現していくかということ、その重大さを彼は知っているから。ここまで培ったラガ魂とスキル、同じように感じてきた不安や葛藤を、希望へと変える力を持っているから。だからこそ、彼は自身をこう名づけ、今や誰もがそう呼ぶのだ。
「ヴォイス・マジシャン、ステップ・アップ!」