1989年、それまでインディーズバンドで全国的に活動していた彼は関西初のハウスミ
ュージックを中心とした本格的クラブ「X-RAY」のスタッフで携わったことをきっか
けにDJに洗礼を受け、楽器をターンテーブルに持ち替えDJ活動をスタートさせる。
数々のクラブ、パーティーで活躍後、一度音楽性を原点回帰するためにアメリカ西海
岸へ渡米する。クラブに通いながらもグレートフルデッドやピンクフロイド他、数々
のライブを経験し吸収していった。2年の歳月を経て帰国後、日本のダンスミュージッ
クに一石を投じるべくユニットZERO ZEROを結成。
97年U.Kで活躍する人気アーティスト、アシュレイビートル(X-PRESS 2)の主催するレー
ベ ル
ューリリー ス。 同シングルは、ヨーロッパを中心に全世界のDJ達にヘビープレイさ
れDJマガジ ン(U.K)チャートの9位(100位中)まで昇りつめるなど、全世界にその名を
知らしめたスマッシュヒットとなり、現在でもブートが出回るほどの名盤である。
98年国内レー ベル、
をpt.1,2,3とリリース。ハウスのみならずテクノ、トランス、ファンクを取り入れた
作品は、ボーダレスなダ ンスミュージックとして注目され、ダンスシーンに旋風を
巻き起こした。まずその"pt.1,2"から2曲がUKの<99degrees>よりライセンスのオファー
があり、99年2月リリース、チャートインを果たしている。"pt.3"からはUKのビッグ
ネーム、カールコックスがヘビィプレイして有名になった曲"Paradisco"がスペイン
イビザのコンピレーションCD"Space IBIZA 99"(mixed by Carl Cox)、
日の丸レコード 高橋透氏監修のコンピレーション、サンフランシスコのレーベル、
ジック ファンをつかむ作品を生み続けている。99年シングルス+1曲をパッケージし
た1stアルバム"new Agean Movement CD"
ベル
ムとなる"scrap'n'build"をリリース。その後MALAWI ROCKSが主宰する
製作、DJ活動と共に大阪のクラブZingやnudicなどのオープニングのサウンドプロ
デュースを手掛け、ファットボーイスリム、ベースメントジャックス、デリックメイ、
ホアンアトキンス、ドックマーティン、ガース他、多数の海外アーティストと共演し
ている。ファンキーでアグレッシブなトラックからディープでエモーショナルなトラッ
クまで手掛け、自らのスタンスを持ち、現在さらにワールドワイドになりつつあるシー
ンに新たなダンスミュージックの可能性を日々試み続けている。 http://hibik.com