ONEMAN LIVE "Project" After Party-Special Guest Performance / eyden
Imagine Dragons(イマジン・ドラゴンズ)は、アメリカのインディーロックバンド。
● メンバー
・ダン・レイノルズ (Dan Reynolds - vo)
・ウェイン・サーモン(Wayne Sermon - g)
・ベン・マッキー(Ben McKee - b)
・ダニエル・プラッツマン(Daniel Platzman - ds)
(日本公式HPより http://www.universal-music.co.jp/imagine-dragons/)
数年前のことだ。長時間ぶっ続けで演ったマラソン・ライヴでセット最後の曲の最後の一音を鳴らし終わった時、ラスベガスのロッカー、Imagine Dragonsのフロントマン、ダン・レイノルズ (Dan Reynolds)は、すべてが良い方向に転がり始めていることに気づいた。「『オシェイ』って所でギグをやってたんだ、周辺の歓楽街で一番安いビールが飲める店でね」と、ダンは回想する。「ステージがすごく狭くて、僕は基本的に、ドラムの上に立っていた。6時間ぶっ続けのセット最後の曲を演っていて、その曲の終わりに差し掛かった時、歌の途中で僕が完全に気を失ってしまったんだ。それから意識が戻って、立ち上がり、曲を歌い終えた。そしたらお客さんが全員でスタンディング・オベーションをしてくれたんだよ。平日のラスベガスで、午前3時、本当にちっぽけなカジノにいた人達みんながね。あの瞬間、何かが僕らを強く結びつけ、全国津々浦々から来ている人達との繋がりを今築き上げてるんだ、って実感したんだ」
それ以降、その繋がりは広まっていく一方となっている。ダンと仲間達 -- ギタリストのウェイン・サーモン(Wayne Sermon)、ベーシストのベン・マッキー(Ben McKee)、そしてドラマーのダニエル・プラッツマン(Daniel Platzman)-- は、インディ・レーベルから3枚のEPをリリースし、精力的にツアーを行い、地元ラスベガスでは数多くの"最優秀○○"賞を獲得してきた。その後、グラミー賞プロデューサーのアレックス・ダ・キッド(エミネム、リアーナ)が主宰するレーベル、KIDinaKORNERと契約し、今年初め、EP「Continued Silence」でメジャー・デビュー。じわじわと脈動が高まっていく壮大な「Radioactive」から、アップビートなパーカッションが心地良い「On Top Of The World」、アコースティック・ギターとシンセ・ポップを繊細に融合した「Round And Round」まで、Imagine Dragonsらしい多様なサウンドと情緒とが端的に披露されている。アンセミックかつ感情剥き出しの、そして足を踏み鳴らすようなリズムが特徴的な、同EPのリード・シングル「It's Time」は、Imagine Dragonsの名刺代わりとなった曲だ。フル・アルバムのレコーディングのため、プロデュースを手掛けるアレックス・ダ・キッドと共に今夏スタジオ入りの準備をするに当たり、彼らが目指すアルバム全体の雰囲気の基準となったのは、この曲であった。
「「It's Time」を書いたのは、僕が人生の激しい過渡期にあった時だったんだ」と、ダンは振り返る。「何もかもが間違った方向に進んでるように思えてた。自分の人生をこれからどうしたいのか、決断しようとしてたんだ。どれだけ真剣に音楽と向かい合うべきなのか、その答えを見つけようとしていた。自分がどういう人間なのか、判断を下そうとしてたんだ。僕はまだまだ若造で、今もこういった問いの答を探してるところだよ。だけどあの曲は、ただキッチンに立って、足を踏み鳴らしたり、手拍子を取ったりしながら書いたものでね。スゴい曲を書こうだなんて、考えてもいなかったんだ。頭にあったのは、何が自分にとって大事なのかってこと -- 自分のルーツに忠実であり続けたい、だけど殻を打ち破ることも恐れずにいたい、ってね」
堅実に進むことと、一か八か賭けるということ。その2つの間のバランスを保つ、良い意味での緊張感が、Imagine Dragonsのサウンドやアイデンティティの核にはある。そしてそれは、彼らが地元と呼ぶ街(=ラスベガス)の反映でもある。「僕らのバンドは、ラスベガスなしでは存在し得なかった」と、断言するダン。「アーティストが活動を始めるには、最高の場所なんだ」
"歓楽都市"ことラスベガスは、クリエイティヴな才能を育む街としては知られていないが、不思議とそれが、そこに住むミュージシャン達にとっては有利に働いているのだ。「過飽和状態になってないんだよ」と、ダンが説明する。「新人バンドは、まずカジノで演奏をするんだ -- 半分はカヴァー曲、半分はオリジナル曲、それで食いつないでいける。僕らもバンド皆で暮らす家が買えたし、生計を立てることもできた。食事はラーメンとかだったけど、それでも、ね」。ラスベガスのロッカーとして、何とか最低限の生活を送ることは、比較的簡単なのかもしれない。しかし競争は激烈だ。なぜならこの街は、パフォーマーにとって新兵訓練キャンプのような場所だからである。最も話題のロック・バンドになることが最大の関心事であるニューヨークやロサンゼルスと違い、ラスベガスでは、ショーガール達やルーレット、そしてシーザーズ・パレス(※ラスベガス有数の大カジノ・ホテル)のステージに立つシェールがライバルなのだ。「どうやったら目立てるかを学ぶんだ。だって、スロットマシーンの前に座ってる人達の注意を、どうにかしてこっちに向けてもらわなきゃいけないわけだから」と説明するダン。「自分の持てるものを全部注ぎ込まなきゃいけないし、トランプ用テーブルに向いている顔を上げてもらって、『おっ、このバンドをチェックしようぜ!』って思ってもらえるくらい、人々の注目を集めなきゃならないんだからね」。
Imagine Dragonsにとってその方法は、ヒップホップに影響を受けたバックビートを土台に、胸が躍るくらいダイレクトなギター、ベース、そしてドラムスを重ねてブレンドするということを意味していた。「粗削りでナチュラルなノイズを鳴らし、それを粗削りかつナチュラルに保ちながら、シンセ・ノイズへと変換しているようなものだね」とウェインが語る。「僕らは機材オタクなんだ。パーカッションを使って様々な実験をするんだよ、エレクトリックなものとアコースティックなものとをお互いに重ね合わせたりしてね」。ダンを除く3人のメンバーは全員、ボストンの名門バークリー音楽院の出身だ。そこで受けた教育がもたらしたテクニカル・スキルと精度は、Imagine Dragonsのサウンドとプロセスに大きな効果を与えている。「僕は耳で聴いて覚えるタイプのミュージシャンなんだ。こんな風に、異なる2つのタイプの人間達が1つの部屋に集まった時に、魔法って起きるものなんだよね」とダンは語る。
ウェブカムを持っているティーンエイジャーなら誰でもロック・スターになることができ、そして数ヶ月後には過去の人になっている世界において、Imagine Dragonsは、偉大なロックンロールの伝統に実証済みの方法で回帰している新鮮な存在だ。どうすればバンドというものになれるのか、彼らは昔ながらのやり方で -- つまり、素晴らしい曲を書き、それを徐々に増えていくオーディエンスの前でライヴ演奏することによって学んできた。しかし、自己顕示的で露出傾向にある現代のポスト・インターネット音楽文化の中で、彼らは我々がすっかり失ってしまったある1つの要素を秘密兵器としている。そう、それは"謎(ミステリー)"だ。「僕らのバンド名は、アナグラムになってるんだよ」とウェイン。「僕らはあるフレーズを思いついたんだけど、それはあまりバンド名にしたくないような単語だったんだ。それで文字の順番を入れ替えて、"Imagine Dragons"にすることでメンバーの意見が一致した。元のフレーズが何だったかは、メンバーは実の母親にも言ってないんだよ。アーティストとしては自分自身をさらけ出しているから、何か内緒にしておける秘密があるのは楽しいものだよね」。