絡まるコードに埋もれる、最も原始的なシンセサイザー

ライブ中、色とりどりのケーブルがモジャモジャと絡まり合う中に埋もれた機械のケーブルを、アーティストが繋いだり引っこ抜いたり、ツマミを捻ったりしているのを見たことはないだろうか。その機械、もしかしたら「モジュラーシンセサイザー」という楽器だったかもしれない。Electronic、Techno、Experimental、Hip-hop等のアーティストの中には、モジュラーシンセサイザーを愛用するアーティストは少なくない。

モジュラーシンセサイザーとは、ケースとなる箱の中にオシレーター、フィルター、LFOなどのシンセサイザーの機能を持つモジュールが組まれており、そのソケットにパッチケーブルのプラグを繋ぐことによって音を作り出す楽器で、最も原始的なシンセサイザーと言われている。「シンセサイザー」というとピアノのような鍵盤が付いている楽器を思い浮かべる方が多いだろう。しかしそもそも「シンセサイザー」とは音を作り出す機械を指す言葉であり、必ずしも今現在一般的に普及している楽器型のもののみを指しているわけではないのだ。


日本でモジュラーシンセサイザー(通称:モジュラー)で有名なアーティストと言えば、やはり故・冨田勲氏。1971年に「moog III P」という巨大なモジュラーを輸入しようとして、税関で兵器と勘違いされて止められてしまった、という逸話は非常に有名な話である。冨田勲氏が愛用していたような巨大な初期のmoogシンセは、その見た目から通称「箪笥(タンス)」と呼ばれており、金額も数百万と高額であったため、素人がおいそれと手を出せるような代物ではなかった。箪笥とまではいかずとも、小さなモジュラーであっても非常に高価である上に、購入するにも富田勲氏のように海外からの取り寄せが必要だったり、修理や交換も大変だったため、数年前までは音楽に骨の髄までドップリ浸かっているプロのトラックメイカーたちや、音楽オタク気質な好事家たちの間で密かに楽しまれているディープな趣味の楽器、というイメージが強かった。

しかし、近年ではモジュラーの種類も増えてきて、気軽にモジュラーを楽しめる比較的安価なモジュラーが登場したり、日本の楽器屋で取り扱いをするようになったこともあり、モジュラーシンセサイザーの魅力に取り憑かれる若いトラックメイカーたちが増えてきているという。安くなってきたとはいえ、基本的には高価なモジュラーであるが、若いモジュラーアーティストたちは少ないモジュラーを組み合わせて工夫して演奏しているそうだ。
 
 

まるでロボットアニメの秘密基地!
モジュラーシンセサイザーのイベント「Modular cafe」

モジュラーアーティストが増えてきているとは言っても、まだまだ世間的な認知度は非常に低い。どこで買えばいいのか、どう楽しめば良いのか、どんな演奏ができるのか…インターネットが発達してきているので、そういった情報も昔より入手しやすくなってきてはいるものの、やはりフィジカルな仲間との出会いは別格だ。ともすれば趣味の世界に一人没頭し、引きこもりがちになってしまうマニアックな楽器であるモジュラーシンセサイザーの愛好家たちであるが、彼らが集ってライブや交流を楽しむ機会を月に一度提供しているイベントがある。それが「Modular cafe」である。

会場となっている三軒茶屋Space Orbitは、アート作品の展示やパーティ、ワークショップ、ミニライブ等に利用できるイベントスペース。靴を脱いで上がれる店内には、ソファやクッションなどが並べられており、リラックスしたムードでお酒やフードと共に音楽を楽しむことができる。


Modular cafeの出演者は、最近モジュラーにハマってライブに参加するようになった若者から、音楽業界でプロのトラックメイカーとして働いている本職のミュージシャンまで様々で、それぞれが思い思いに自慢のモジュラーを用いてライブを披露する。ライブスペースの中央に据えられた長いテーブルの上には、所狭しと演奏者たちが持ち込んだモジュラーが並べられており、出演者たちは自分の順番が来ると静かにその前に座って演奏を始める。他の演奏者やオーディエンスたちは、ソファに身を沈め、また板張りの床に座り込んでお酒を飲みながら、モジュラーの紡ぎ出す電子音を楽しむ。一人演奏が終わるたびに、演奏者の元に他の出演者やお客さんたちが集まって、どんな機材を使っているのか、今の演奏はどうだった、などと会話を楽しんでいる光景が印象的だった。

 
 

ライブを披露するだけではなく、モジュラーファンの交流の場となっている

このModular cafeというイベントは、モジュラーファンの交流の場として2年ほど前にスタートした。主催者のKURO​氏は、普段はトラックメイカーとしてのお仕事をされており、テクノ等の楽曲の製作に携わっているとのこと。
なぜこのイベントを始めたのかをKURO​氏に質問すると、
「自分がモジュラーを始めたのは、4年くらい前から。インターネットでモジュラーを使って演奏している動画などを見て、憧れて購入したのがきっかけでこの道に入りました。昔は参加者の年齢層は高めだったけど、最近は若い人もかなり増えてきて、どんどん活気づいています。モジュラーシンセサイザー自体は昔からありますが、ここ数年でその魅力が見直されたのか、人気が高まってきており、お客さんの数もだいぶ増えてきましたね。Modular cafeを初めて一番良かったな、と思うのは、モジュラー趣味の人たちとたくさん知り合いになれたこと。出演者同士ばかりではなく、モジュラーに興味を持ったお客さんもやって来て、交流会としての機能もきちんと果たせていますし、そもそもそれが目的で始めたイベントなので、嬉しい限りです。モジュラー人口を増やすきっかけとなれば、と考えています」
と、非常にフレンドリーに答えてくれた。その姿勢からもModular cafeのアットホームな雰囲気や、いかにモジュラーファンたちの交流の場として愛されているのを垣間見ることができた気がする。


右:KURO​氏、左:深澤秀行氏(電子海面)


普段は「ストリートファイター」「刀剣乱舞」等のゲームやアニメミュージック、そして矢野顕子など大物アーティストとも親交の深いプロの作曲家である深澤秀行氏も、モジュラーに魅せられてModular cafeに積極的に参加している一人。モジュラーアーティストとして活動する場合は、個人での活動以外に電子海面というモジュラーユニットとしても活躍している。電子海面は2011年に結成され、深澤氏の他に宇多田ヒカル、椎名林檎等のアーティストの作品に参加するシンセサイザー・プログラマー、アレンジャー、プロデューサーである中山信彦氏、エンジニアとして石井竜也やORANGERANGEなどの作品を手がけ、プロデューサーとしても幅広く活躍している永井はじめ氏と、電子海面メンバーは音楽業界の重鎮揃いだ。
深澤氏は
「昔はシンセサイザーと言えばハードウェアシンセサイザーが主流だったが、徐々にパソコンのプラグインであるソフトウェアシンセサイザーの時代になってきた。でも、それじゃ物足りなくなってきて、でも基本のハードに戻るのは嫌で、そこでモジュラーシンセサイザーというものを知り、興味を持って少しずつ買い足していってたら、いつの間にかこんなにハマってしまっていた。始めた当初は情報も少なくて、音が出るのか出ないのかわからないまま海外から通販で取り寄せたりして、試行錯誤してやってたんですよ!」と語った。



若手アーティストの中にはモジュラーをノリノリで演奏している人も増えてきたが、基本的にモジュラーのライブ風景は、モジュラーを知らない人から見るとただ機械の修理をしているようにすら見える。しかし、その地味な風情すら逆に職人感があってとにかくカッコイイ。大概のモジュラー奏者は外枠の中に自分好みのモジュールを選んで配置し、自前のモジュラーシンセサイザーを組み立てて楽しんでいるというが、自慢のモジュラーを見せ合ってモジュラー談義に花を咲かせる演奏者たちの姿を見ていると、モジュラーをやってみたくなること間違いなし! 興味を持たれた方は、ぜひ一度Modular cafeに足を運んでみて欲しい。
Modular cafeは毎月第三水曜日に三軒茶屋のSPACE ORBITで開催されており、今年11月にはモジュラーフェスティバルとの合同オールナイトイベントが開催され、12月にはイベント開催開始から2周年を迎えるとのこと。秋の夜長をモジュラーの奏でるディープな電子音にどっぷり浸かってみてはいかがだろうか。

Written by: きのや
Modular cafe
毎月第三水曜日開催
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SPACE ORBIT
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