01.19 (Fri)
スティーヴ・エトウ(Steve Eto、衛藤高登、1958年4月20日 - )は日本で活躍するパーカッショニスト(重金属打楽器奏者)。
従来の打楽器演奏に加え、ドラム缶や自動車のバンパーを金属管で叩く、ヴォコーダーを用いたボイスパーカッションを行う、果てはグラインダーで火花を散らすなど、所謂パーカッショニストとは一線を画したプレイが特徴。
米国ロサンゼルス生まれ、6歳までニューヨークですごす。
父は箏曲家衛藤公雄、兄弟に和太鼓奏者レナード衛藤。
日米ハーフであり、現在アメリカ国籍を有している。
早稲田大学出身。同期にホッピー神山、サンプラザ中野、聖飢魔IIなど。
西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」ツアーへの参加でプロミュージシャンとしての活動を開始。後に小泉今日子のツアーメンバーとなる。
ヤマハのコンテストEastWest81に出場し、ベストパーカッショニスト賞を獲得。その後ファンキー末吉に誘われ、この大会でグランプリを受賞した爆風銃に加入。
PINKを経て、小泉今日子・布袋寅泰・COMPLEX・吉川晃司・藤井フミヤなどのサポートメンバーとして活動。
1998年にはソロアルバムをリリース。楽曲のタイトルはすべて小泉今日子により命名された。
三波春夫のツアーに参加した経緯から、2002年新潟県三島郡越路町にできた三波の銅像には自身の名も彫られている。... More Biography
従来の打楽器演奏に加え、ドラム缶や自動車のバンパーを金属管で叩く、ヴォコーダーを用いたボイスパーカッションを行う、果てはグラインダーで火花を散らすなど、所謂パーカッショニストとは一線を画したプレイが特徴。
米国ロサンゼルス生まれ、6歳までニューヨークですごす。
父は箏曲家衛藤公雄、兄弟に和太鼓奏者レナード衛藤。
日米ハーフであり、現在アメリカ国籍を有している。
早稲田大学出身。同期にホッピー神山、サンプラザ中野、聖飢魔IIなど。
西田敏行の「もしもピアノが弾けたなら」ツアーへの参加でプロミュージシャンとしての活動を開始。後に小泉今日子のツアーメンバーとなる。
ヤマハのコンテストEastWest81に出場し、ベストパーカッショニスト賞を獲得。その後ファンキー末吉に誘われ、この大会でグランプリを受賞した爆風銃に加入。
PINKを経て、小泉今日子・布袋寅泰・COMPLEX・吉川晃司・藤井フミヤなどのサポートメンバーとして活動。
1998年にはソロアルバムをリリース。楽曲のタイトルはすべて小泉今日子により命名された。
三波春夫のツアーに参加した経緯から、2002年新潟県三島郡越路町にできた三波の銅像には自身の名も彫られている。... More Biography