02.17 (Sat)
萩原 健一(はぎわら けんいち、1950年7月26日 - )は、日本の俳優・歌手。所属事務所はKR株式会社、所属レコード会社はエムダブルレコーズ。埼玉県与野市(現:さいたま市中央区)出身。ニックネームは「ショーケン」。由来はデビュー前の不良仲間、ダイケン、チューケン、ショーケンから。元ザ・テンプターズ、PYGのリード・ボーカル (PYGは沢田研二とのツイン・ボーカル)。来歴鮮魚店で私生児として生まれる。本名は萩原敬三(はぎわら・けいぞう)。荒川区の聖橋中学校・高等学校(現在は廃校)在学中、埼玉県大宮でスカウトされ、ザ・スパイダースの弟分バンドザ・テンプターズのヴォーカリストとして1967年に16歳でデビュー。「神様お願い!」「エメラルドの伝説」など次々とヒット曲を飛ばして人気を得る。解散後井上堯之、大野克夫、沢田研二、岸部一徳、大口広司らでPYG(ピッグ)を結成する。各種ロックフェスティバルやテレビ出演などもこなしたが、音楽活動よりも映画監督を志すようになる。1972年に製作された松竹映画『約束』の製作現場に、助監督として参加。しかし元の主演俳優が降板してしまったことを受けて、代役に抜擢される。『約束』での岸惠子との共演は高い評価を得、これを機にPYGの活動を続けながら俳優へと本格的に転身。TVドラマ『太陽にほえろ!』の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける。1972年12月をもって音楽活動を停止(これによりPYGは事実上解散)。1974年には名匠・神代辰巳 とのコンビによる映画『青春の蹉跌』でキネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞。続いて日本テレビ系のテレビドラマ『傷だらけの天使』、倉本聰脚本の『前略おふくろ様』と連続してドラマ作品へ出演した。1975年には初のソロアルバム『惚れた』をリリース。これをもって音楽活動を再開し、「お前に惚れた」「大阪で生まれた女」、柳ジョージ&レイニーウッドがバックを担当したライヴ盤『熱狂雷舞』を発表。また1983年、インドはカルカッタでチャリティコンサートを行った。俳優としても脚本家・橋本忍の指名を受けての松竹映画『八つ墓村』(1977年)や黒澤明の『影武者』(1980年)などに出演。誘拐犯を演じた『誘拐報道』(1982年/モントリオール世界映画祭審査員賞)、作家・連城三紀彦が萩原をモデルにしたとい
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