Skrillex(スクリレックス) がアルバム「Recess(リセス)」をリリースしてから3月18日で丸4年が経過し、5年目を迎えようとしている。

このアルバムは長くから噂されては立ち消え、を繰り返していた彼のキャリア初のフルアルバムである。2011年にリリースされたEP「Bangarang」で絶大なインパクトを残していた Skrillex のファーストアルバムということで、リリース前から注目度は非常に高かったが、彼はその期待を余裕で超えてみせた。1枚を通してストーリーを展開できるアルバムという特性を生かして新たな方向性を示したこのアルバムが音楽シーンに残した足跡を紹介しよう。
 
 

1.ドラムンベースを EDM シーンに持ち込んだ


アルバム「Recess」の1曲目のタイトルは「All Is Fair In Love And Brostep(愛とブロステップににおいては手段を選ばない)」という、ブロステップ全開の楽曲だった。多くのリスナーはこの曲を聴き終えた時点で、このアルバムは Skrillex の代名詞であるブロステップやエレクトロ系のトラックが1枚まるまる収録されるものだと思っただろう。

だが、その予想は5曲目の「Coast Is Clear」で裏切られる。 Skrillex は「Coast Is Clear」でドラムンベースに挑戦しているのだ。そしてこの楽曲を引き金にアルバム「Recess」の世界観はまるで光のごとく物凄い速さで広がりを見せはじめる。

Skrillex はこの曲を発表した後からフェスやクラブでの DJ セットにドラムンベースを積極的に取り入れるようになった。今ではベース系の DJ がドラムンベースをプレイすることは珍しくないが、2014年当時、ドラムンベースは今よりもっとアンダーグラウンドな位置づけだった。そのドラムンベースを「Coast Is Clear」でメジャーにした、と言うと大げさになるが少なくともこの曲がドラムンベースというジャンルを広く認知させるきっかけとなったはずだ。

また、この「Coast Is Clear」では Chance The Rapper(チャンスザラッパー) がフィーチャーされている。Chane The Rapper は2013年に SoundCloud にアップしたミックステープ「Acid Rap」を大ヒットさせた当時20歳のラッパー。SoundCloud から有名になったいわば「サウンドクラウドラッパー」の先駆者である彼のラップをドラムンベースに合わせたことで Skrillex が新たな領域に踏み出そうと意気込んでいる姿勢が感じられる。
 

2.アジアのポップスターをダンスミュージックにいち早く取り入れた


このアルバムの6曲目に収録されている「Dirty Vibe」では韓国を拠点に世界で活躍する 2NE1(トゥウェイニーワン)CLBIGBANG(ビッグバン)G-DRAGON(ジードラゴン) の2人をフィーチャーしている。CL が海外のアーティストの楽曲にフィーチャーされたのはこれが初めてで、彼女は「Dirty Vibe」をきっかけに Lil Yachty(リル・ヨッティー)や The Black Eyed Peas(ザ・ブラックアイド・ピーズ)にもフィーチャーされることとなる。

最近では K-POP グループ BTS(防弾少年団)The Chainsmokers(ザ・チェインスモーカーズ)Steve Aoki(スティーヴ・アオキ)とコラボしたり、Skrillex が宇多田ヒカルとコラボした「Face My Fears」や中国のラッパー集団 Higher Brothers(ハイアー・ブラザーズ) と DJ Snake(DJスネイク) がコラボした「Made In China」など、様々な形でアジアのアーティストがピックアップされているが、Skrillex の「Dirty VIbe」はその先駆けとなった。
 

3.ベースシーンの革命児 Jack Ü の伏線


先に挙げた「Dirty Vibe」には Diplo(ディプロ)も参加している。このリリースの前年の2013年、「MAD DECENT BLOCK PARTY」でユニット Jack Ü(ジャックユー) を結成。2人で曲作りをしていることを明かしていた。
 

この「Dirty Vibe」は Jack Ü 名義ではないが、この曲が様々なシンガーやラッパーをフィーチャーする Jack Ü の方向性を示す形となった。その後、 Jack Ü は2014年に「Skrillex and Diplo Present Jack Ü」をリリース。様々なアプローチの楽曲を絶妙なバランスで1枚のアルバムに収め、ベースシーンを揺るがす存在となった。

その後、Jack Ü は様々なステージでパフォーマンスを行うが、2014年にリリースしたこのアルバムを最後にリリースが途絶える。そして2016年に事実上の活動休止となる。
 

4.EDM への批判に対する布告



2012年頃からネットやSNSを通して「EDM はどれも同じように聞こえる」と揶揄されるようになった。deadmau5(デッドマウス) が EDM シーンの内外で囁かれ始めている状況に皮肉を込めたパフォーマンスが増え始めたのも2012年ごろからだった。deadmau5 の皮肉の対象には、犬猿の仲である Skrillex も含まれていた。deadmau5 が2012年にローリングストーン紙のインタビュー で「ボタンプッシャーの DJ が増えすぎている」ということを話した際にも「Skrillex だって技術的に大したことはしてない」と話していた。

deadmau5 だけでなく、ロックスターやコメディアンが EDM というジャンルを揶揄する中、Skrillex はアルバムを通して何かを訴えていたように見える。

アルバム「Recess」の1曲目のタイトルは「All Is Fair In Love And Brostep」。これはイギリスのことわざ「All Is Fair In Love And War(恋や戦争において手段は選ばない)」から来ている。このことわざは「成功のためなら手段なんてどうでも良い」という意味。Skrillex はこのことわざの「War」の部分を「Brostep」に変えて曲のタイトルに使ったことから、まずは自分のベースジャンルをブロステップだと示した上で、アーティストとして成功するためには手段を選ばないという姿勢をしてしている。もちろん手段を選ばなければ外からの批判を受けることとなるが、彼はそれを覚悟の上で意思表明した。

そしてアルバム「Recess」の最後の曲「Fire Away」は「何でもかかって来い」という意味。Skrillex の覚悟はただものではなかったのだ。


Written by So-on