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少々、危険なタイトルを持つアリシア・キーズの“Set The World on Fire Tour”が2013年11月18日、横浜アリーナに上陸。ブルックリン橋の映像で始まり、アメリカで屈指の美しさを誇るこの橋をブルックリン側からマンハッタンへと渡る映像で終わる同ツアーは、アリシアのヘッドライナーツアーの通算5つめ、ビヨンセやミッシー・エリオットとのジョイント・ツアーを含める6つめに当たる。前回の「フリーダム」ツアーがアッシャーの取材と重なって見損なった以外、すべてのニューヨーク公演を見ている筆者に言わせると、現時点で最高の仕上がりだ。アリシアのステージはいつだって素敵だったけれど、稀代のシンガー・ソングライターとの肩書きに、「母」と「妻」が加わったいま、熱唱の合間に見せる笑顔がとても優しくて、こちらもリラックスできる。よけいな演出を削ぎ落とし、グランドピアノとキーボードをガンガン弾きまくる今回のステージは、20代の間はどうしてもほかの女性アーティストたちと比べられた彼女がワン&オンリーな存在になった事実が、もう1曲1曲から伝わってくる。“Like You’ll Never See Me Again”や“Diary”の弾き語りの崇高なまでの美しさと言ったら。12年前に初めて聞いた“Fallin”の新しいアレンジのドラマティックなことと言ったら。楽器の音色を重視する音作りをトレードマークにしながら、マンハッタンのど真ん中で育っただけあってヒップホップのビートが自然に曲の骨組みに入り込んでいて、飽きさせない。
来日単独公演は、なんと9年ぶりだそう。ソールドアウトだった横浜アリーナに集った1万7千人の中には、9年間ずっと待ち続けたファンもいれば、アリシアがトップに上り詰めてから知った新しいファンもいたはず。その一人一人が、彼女の手拍子や拳を振り上げる動作に同化して、歌声を全身で受け止めていた。英語圏ではない国で観客を自然に引き込む術をたくさん知っているのはさすが。大合唱大会となるアメリカのコンサートも楽しいけれど、あちらではアリシアの歌声が隣のお姉さんの歌声にしばしばかき消されていたことに気づいた夜でもあった。新作『Girls On Fire』のプロモーションの色合いが濃かったUSツアーより新作からの曲数を絞り込み(“Not Even A King”を歌わなかったのは残念)、その分メリハリがついていた。終盤、「デビューした頃から“Love”を送ってくれてありがとう」と言ったあと、“If Ain’t Got You”を歌い、「大切な人がいなければ人生は何の意味もない」という歌詞が恋人だけでなく、彼女にとってファン全員が「大切な人」であるのを伝えた。会場中が携帯を掲げての“No One”、アンコールは“New Day”と “ Girls On Fire ”で踊らせたあと、イブニング・ドレスに着替えて“Empire State of Mind”をしっとり歌い上げたアリシア・キーズは、日本のファンの心にずっと消えない火を灯して、ステージを降りて行った。
(文:池城美奈子)