2000年より関西を中心にSingerとしてのキャリアをスタートさせる。当時男性シンガーの存在がまだ根付いていない未開拓な状況の中、大阪アメ村界隈のCLUBなどでLIVEを精力的に行い、その歌唱力と日本人離れしたエンターテインメント性から徐々に注目を集める事になる。
2003年に入り、「TOMO」から裏と表を意味する「L&J」に改名。この頃より活動当初から独学で学んでいた作詞、作曲、トラック制作を形にしていき、オリジナル楽曲の制作を開始する。またLIVEもエリアを拡げ大阪のみならず、神戸、京都、奈良、姫路、そして地元である岡山や広島、山口、徳島へとLIVE出演を重ねていった。
そして翌年、MTVとFIRSTKLASS(ZEEBRA+今井了介+DJ KENBO)によるMTV初のオーディション番組「MTV STARTOUR」にて応募総数2000通の中ファイナリストとして選出される。そこでの出会いをきっかけに大阪での活動も勢いを増し、THE 9 FAR EAST 1ST ALBUM"DRIVE U CRAZY"やN.O.B 1ST ALBUM"SPINNING MY WORLD"などにfeatされる。また関西の第一線で活躍するARTIST達との共演、楽曲制作によりL&Jのオリジナルスタイルを更に確立していく。
2006年夏よりそれまで活動の中心であった大阪から東京へ活動の拠点を移す事になる。それと同時期に大阪のストリートで活動を共にしていたCREW「NITEMEN」に正式加入(THE 9 FAR EAST, YOUNGSHIM, MOGGYYらが在籍)、そして東京上京後、森永製菓WEIDERがサポートするダンスとLIVEを融合させたチーム「WEIDER BOYZ」のメンバーとして参加しWEIDERがスポンサーを務めるイベント、スポーツの大会などでSHOWCASEを行い話題を呼んだ。また持ち前のルックスを活かし「MOVEMENT」や、「SLANG MAGAZINE」などの雑誌にモデルとしても活動している。
2008年9月5日に待望の初作品L&J STREET MIX ALBUM "HYPNOTIC CITY"をNITEMEN PRODUCTIONよりリリース。J-HIPHOP専門配信サイト「HIPHOP DJ」にて先行配信された楽曲3曲(Goin' on, IT'S DA SHINE feat MOGGYY, Dance 2 Nite feat GAZZILA, DAG-FORCE)が1位、2位、3位を独占し、ストリート作品にもかかわらず発売よりわずか3ヶ月で1,500枚を完売させる結果となった。また日本人のR&Bシンガーでは初となるSTREET MIX ALBUMを制作した事によりシーンの可能性を更に拡げ日本のR&Bシーンにとって、もはやいなくてはならないシンガーの一人である事を強く印象付けた。今作品からはDJ KOMORIによるJ-R&B MIX”WHAT'S R&B"にPRECIOUS ONE/L&J feat HI-D, LEO, 真之介, MICHIYA、またSEEDA×DJ ISSOによる"CONCRETE GREEN 8"にOsaka City of Dreamz/ L&J feat THE 9 FAREASTなどが収録され大きな反響を呼んだ。また同年、L&J所属の「NITEMEN」からも全国へ向け10,000枚無料配布のMIX CD"FREE"のリリースや、同CREW所属のトラックメーカー「RYUJA×TRAMP」によるBEST PRODUCED ALBUM"FLASH BACK"(Dance With Me/L&J feat SPHERE, IT'S DA SHINE feat MOGGYYなどが収録)のリリースにより関西圏のみならず全国にその存在を強烈にアピールした。
2009年、L&Jの更なる飛躍と今後の活動に是非注目して頂きたい。
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