ザ・ウィークエンドことエイベル・テスファイは、カナダのトロントを拠点に活動するR&Bアーティストであり、2010年末にインターネット上に登場すると、2011年に自身のレーベルXOからたった1年のうちに発表した3つの無料配信ミックステープ『House Of Balloons』『Thursday』『Echoes Of Silence』によってその評価を確立した、今最も注目すべき若手アーティストの一人である。そして現在に至るまでメディアからの取材をほとんど拒否しながらも、インターネットを通じて直接繋がった強固なファン・ベースを持ち、メジャー・レーベルに移籍して2012年にリリースされた3部作のボックス・セット『Trilogy』(未発表の新曲を3曲含む)は、全米アルバム・チャートの初登場4位を記録。同時にヴォーカリストとしてヒット作品へのゲスト参加も積極的に行なっており、活動を始めてからわずか2年と少しというキャリアにもかかわらず、音楽性、リリース方法、その他交友関係に至るまで、多方面において今の音楽シーンをひも解く上でのキーパーソンと目されている。
■インターネットから始まったサクセス・ストーリー
そもそものはじまりは2010年末、インターネット上に公開された3つのデモ音源だった。それぞれ「Loft Music」「The Morning」「What You Need」(完成版は全てミックステープ第1弾『House Of Balloons』に収録)と題されたこのデモは、ザ・ウィークエンドという全く無名のアーティストによってアップロードされており、その楽曲のクオリティのみによって早速一部の早耳リスナーや音楽ブロガー達の間で話題となる。とはいえこの時点では彼が何者なのかについてはほぼ全ての人が知るすべもなく、この音源自体がネット上でつかの間の成功を掴んだ数多い作品の一つだと思われていたのもまた事実。しかし翌2011年3月、ミックステープ『House Of Balloons』が無料配信されると、まずは英米の主要音楽メディアがこぞって同作を絶賛。続いて同郷のドレイクら人気アーティスト達も次々とラヴコールを送り、通常のR&B作品とはおおよそスタイルが異なる憂いと神秘性を持った彼の音楽は、多くの人々に受け入れられていった。
また、この頃になると、"ザ・ウィークエンド"の正体に関する情報は毎日のように音楽メディアのニュースとして大々的に扱われ、これがトロントを拠点にしている青年エイベル・テスファイによるソロ・プロジェクトであること、『House Of Balloons』は1枚で完結する作品ではなく年内に発表予定の『Thursday』『Echoes Of Silence』をもって完結する3部作の第1弾であることなどが次々と明かされていく。2011年7月には地元トロントで初ライヴを敢行。規模自体は小さいものだったが、一目でも観たいと足を運んだリスナーによって撮影された動画はYouTubeなどを通じて世界中のファンにシェアされ、ザ・ウィークエンドはここで初めて多くの人々の前に登場することとなる。以降は同年8月にミックステープ第2弾『Thursday』を無料配信。同年12月には第3弾となる『Echoes Of Silence』を同様の形式で配信し、宣言通り年内に3枚のミックステープを発表すると、年末には『House Of Balloons』を多くのメディアが年間ベスト・アルバムの1枚に選出。また、本国カナダの音楽的な創造性を重視するポラリス・ミュージック・アワードでは、『House Of Balloons』と『Thursday』が同賞始まって以来初となる無料配信作品として、2年連続でノミネートされるという快挙も成し遂げている。
■ボーダーレスなリスナー感覚が生む音楽シーンとの繋がり
それにしても、彼の音楽はなぜこの短期間に支持されることになったのか。その音楽的な魅力は、大きく分けて3つある。まず1つ目は、サンプル・ソースなどに顕著な彼自身のボーダーレスなリスナー感覚。というのも、彼がサンプリング素材として使用するのは、アリーヤを筆頭にしたR&Bアーティストから、コクトー・ツインズやビーチ・ハウスのようなインディー・ロック・バンド、フランス・ギャルのようなオールディーズ、果ては(カヴァー曲として『Echoes Of Silence』に収められた)"キング・オブ・ポップ"ことマイケル・ジャクソンに至るまで、時代もジャンルも多岐に亘るものばかり。加えてビート・パターンはヒップホップを基調にダブステップやLAビーツといった先鋭的なビート・ミュージックとリンクしている他、けだるく甘いサウンドの質感はアメリカで2010年頃から続々台頭したチルウェイヴと呼ばれる淡い宅録ポップ勢との親和性も高い。そして2つ目は、そうした幅広い音楽への興味を生かした、多方面とのジャンルを越えたコラボレーションだ。その筆頭は初期からサポートを続ける同郷のドレイクで、彼の2012年作『Take Care』では5曲に参加。彼とは自身のレーベルXOと彼のレーベルOVOを合わせたOVOXOというプロジェクトも始動させた。その他のコラボレイターもウィズ・カリファ、ジューシー・J、2チェインズと豪華な面々で、レディー・ガガやフローレンス・アンド・ザ・マシーンなどを筆頭にリミックス仕事も多数。また、同世代のアーティストとの繋がりも強く、インターネット上で無料配信するミックステープによってデビュー前から人気を獲得する若手アーティスト達――タイラー・ザ・クリエイターやフランク・オーシャンらを擁するオッド・フューチャー・ウルフ・ギャング・キル・ゼム・オールらを筆頭に多くの若手アーティストとの同時代性も度々指摘されている。しかし何より彼の魅力を決定づけているのは3つ目の理由、官能的な歌声と、その魅力を効果的に使った圧倒的なストーリーテリングの力である。ミックステープ3作を通じて描かれるのは、セックス描写やドラッグをモチーフにしつつも本質的には不器用な愛の物語で、彼の哀しみを帯びた歌声はそこに豊かな叙情性を追加。3作品はそれぞれが相互関係にあり、全てを聴くことで物語の顛末が明らかになる。つまりザ・ウィークエンドの音楽は、インターネット上の膨大なアーカイブによって様々な音楽を瞬時に楽しめる現在において、メインストリームからアンダーグラウンドにまで至る間口の広さを持ち、同時に音楽作品そのものとしても豊穣なストーリーを提供してくれる、いわば様々な物事の中心に位置するような音楽だ。それがエイベル・テスファイというトロントに住む1人の青年に、インターネット時代のサクセス・ストーリーを引き起こしたことは間違いない。
■完成した3部作の集大成『Trilogy』とその後
とはいえミックステープ3作で時代の寵児となったザ・ウィークエンドの活躍は、それで終わることはなかった。2012年9月にはユニバーサル・リパブリックと初のレコード契約。そして2012年11月、彼による初めての商業アルバムとして、当初は無断で使用されていたサンプリング音源の権利関係をクリアランスしたミックステープ3部作に、新曲3曲「Twenty Eight」「Valerie」「Till Dawn (Here Comes The Sun)」を加えたボックス・セット『Trilogy』がリリースされる。オリジナル盤ではややくぐもった印象だった音質は、名匠トム・コインによるリマスターでハイファイなサウンドに生まれ変わり、本作は前述のように全米アルバム・チャートで初登場4位を記録。そして2013年1月現在も、その熱気は収まるどころか拡大し続けている状況だ。まずはイギリスの音楽関係者/アーティストらの投票によって決定される注目新人リスト、BBC Sound Of 2013(これまでにアデル、アークティック・モンキーズらをフック・アップ)のロングリストに選出されると、自身のツイッター・アカウントでは突如新たなアルバムの音源とアートワークと思しきフォルダの画面写真を公開。ミックステープ作品をまとめた『Trilogy』によって商業デビューは果たしたものの、全曲新曲のオリジナル作品という意味において彼はまだ正式なデビュー作を出しておらず、仮に本作がアルバムだとすれば、これこそが彼にとっての正式なデビュー作ということになる。ただし、本作についての詳細はいまだに明かされていない。
繰り返しになるが、ここまでの顛末は全く無名のアーティストが最初に音源をアップしてから、わずか2年と少しの間に起こった出来事である。そして、彼が現在もほとんどの場合においてメディアの露出を控え、インターネット上でのみファンとの交流を図っていることを考えても、ザ・ウィークエンドがいまだ自分のキャリアをコントロールしながら、クリエイティヴィティと商業性を両立させ、ミュージシャンとしての新しいロール・モデルを模索しているのは明らかだ。そう、彼の本当のキャリアはまだまだこれから。そしてその過程はきっと、今後も多くのリスナーにとって魅力的なものになることだろう。