VICE World News が、2月25日、ダライ・ラマのかつての住居であり、中国に対するチベットの抵抗の象徴として知られるチベットの首都・ラサの "ポタラ宮" 前にて、中国で非常に人気があったチベット自治区生まれのポップスターで、中国のチベット同化政策のポスターにも採用されていた Tsewang Norbu(シュワン・ノルブ)が、何百人もの人々を前に「フリー・チベット」と叫び焼身自殺を遂げたと Radio Free Asia 等の各メディアが報じている、と伝えている。
 

中国でも人気のポップスターの死、しかし中国当局による検閲・情報規制でニュースがなかなか公表されず……

Tsewang Norb の従兄弟で亡命中のチベット議会元議員 Ngawang Tharpa は先日、Tsewang Norbu の死亡事故を発表したものの「彼の死についての詳細はまだ不明である」と述べていたが、後に、重度の火傷を負った Tsewang Norbu は数日後に亡くなったとの情報も報じられている。Tsewang Norbu が自らに火を放った後、中国人のセキュリティが彼を連れ去ったとのことだが、中国当局による情報規制や検閲により自殺の発表まで一週間以上、死亡の確認まで三週間以上が掛かったとも言われている。

ポタラ宮

中国国内におけるネット上での Tsewang Norbu の死についての情報は、州の検閲官によって削除されているという。23年前に中国から亡命した、アメリカを拠点とするジャーナリストでチベット人の作家である Tsering Kyi は「ある意味で、Tsewang Norbu は物理的にもオンラインの世界でも姿を消した」と述べている。彼女は、中国当局はこれまでのところ、Tsewang Norbu に関する情報を「リークした」として、2人のチベット人を逮捕したと付け加えている。
 

中国による強引な "同化政策" に反対し、多くの僧侶が焼身自殺してきた歴史

チベットは、1951年以来中国に占領されており、中国人はチベット人を解放していると主張しているが、2008年以降、多数の僧侶が抗議して焼身自殺を図っている。世界的なチベット擁護団体であるチベット国際キャンペーン(ICT)は、2009年以降、少なくとも158人という多数の抗議者が焼身自殺している

チベットにおける中国の同化政策は、チベットの農民を抑圧的な神権政治から "平和的に解放" していると主張し、彼らの文化や言語、教育等のアイデンティティを中国のシステムに置き換えようとするものである。

しかし、抗議的行為としての焼身自殺の歴史の中で、Tsewang Norbu の死は例外として際立っている。彼は宗教の自由を求める僧侶ではなく、彼の音楽のジャンルはポップ・ミュージックで明からさまに政治的ではなかった上、彼はスターダムへの道を順調に歩んでおり、実際のところ、彼の両親は中国国家に従順であったとのことだ。
 

親中派の両親、中国での人気も高くキャリアも順調だった中での、ポップスターによる中国への抗議の焼身自殺

Tsering Kyi は Tsewang Norbu について「若いチベット人のための Justin Beiber(ジャスティン・ビーバー)」と呼んでおり、魅力的な新進気鋭の音楽キャリアを持つ25歳の Tsewang Norbu は、Weibo で 50万人以上のフォロワーを保持していた。彼は中国で人気のリアリティ・ショーで注目を集めており、また時折有名な英語の歌のカバーもリリースしていた。チベットの首都・ラサでは、ホテル、レストラン、市場・タクシーの車内と、どこででも彼の歌を耳にすることができるくらいの人気を誇っていたという。

アメリカ・インディアナ州ローズハルマン工科大学の中国研究教授であるティモシー・グロース博士は、チベットの文化に誇りを示すために伝統的なチベットの楽器を多用したり、破壊的または地下的でありがちなチベット音楽の世界では、Tsewang Norbu の音楽は「明らかに政治的」ではなかったと述べている。その代わり、Tsewang Norbu の音楽は、より「グローバル化された国際的な」ものであり「Black Eyed Peas(ブラック・アイド・ピーズ)のようなラップがある Hip Hop」のような曲もあったとのことだ。
 

Tsewang Norbu と彼の家族は、中国当局の下で非常に快適に暮らしており、彼の両親は共に国営のミュージシャンで、父親は国営のパフォーマンスアート部門の責任者、母親は中国語で歌うことが多い人気のチベット人歌手だった。ただ、Tsewang Norbu の母方の叔父である Lodeo Gyatso は、著名な政治犯として知られており、中国の支配に反対して何十年も刑務所に入れられていたという。

Tsewang Norbu はラサのチベット大学を卒業後、中国政府の音楽教育の仕事をしていたが、彼は中国の歌を歌うことや、中国のチベットポップコンサートや "Road to Star" 等の中国のタレントショーへの出場をやめていたとのことだ。
 
 

抗議ではなく "精神病" が原因の焼身自殺、”まだ生きているかもしれない" と中国外務省当局者は発表していた

中国当局は通常、抗議による焼身自殺行為を「テロ」と位置付けており、情報を規制して抑圧しているとのことだ。Ngawang Tharpa は「ラサには非常に多くの CCTV カメラがあり、写真を撮っていた人を追跡し、この事件のニュースを検閲することは簡単である」と語っている。

先週、イギリスの週刊新聞「エコノミスト」は、Tsewang Norbu がまだ生きているかもしれないと主張する中国外務省当局者の言葉を紹介しているが、それによると「焼身自殺による Tsewang Norbu の "自殺未遂" は "精神病" が原因であり、これは彼の最初の自殺未遂ではなかった" と述べていたとのことだ。

Tsewang Norbu はチベットの抗議活動における最新の焼身自殺者であるが、組織は彼が「死んだと信じられている」と述べており、チベット以外のジャーナリストや擁護団体は、まだ Tsewang Norbu の死を確認できていないとのことだ。

Tsering Kyi は「中国による制限と通信の遮断のために、本質的な詳細を得ることは常に難しいと感じている」と述べており、また「多くの場合、中国当局は遺体を家族に変換することを拒否している。多くの人は、自分の親族が生きているのかどうかを知ることができない」とのことだ。