2026年6月10日(水)、アメリカ・ニューヨーク市が、ニューヨーク市グリニッジ・ヴィレッジの West 8th Street と 6th Avenue の交差点を、永久的に「Jimi Hendrix Way(ジミ・ヘンドリックス・ウェイ)」として共同命名(コ・ネーミング)することを正式に宣言、新しい街路標識がお披露目された。場所は Jimi Hendrix の伝説的なスタジオ「Electric Lady Studios」のすぐそば、グリニッジ・ヴィレッジの中心地だ。
https://maps.app.goo.gl/YEjEXeG2SjWVR8js6

この日を誰よりも待ち望んでいたのは、ヘンドリックスの異母姉で Experience Hendrix LLC の CEO でもある Janie Hendrix(ジェニー・ヘンドリックス)だろう。
命名の式典で Janie Hendrix は、兄が1970年に亡くなって以来ずっとニューヨーク市に改名を求め続けてきたと明かした。彼女はニューヨーク・タイムズの取材に対し「Electric Lady Studios に署名用紙を置いて、『この通りを Jimi の名前にしよう』と書いていたのに、どこへも進まなかった」と語っており、56年間にわたる請願の末、ついに夢が現実となった。
今回の式典はもともと2026年2月24日に予定されていたが、大雪のため延期を余儀なくされ、6月10日に改めて開催された。
この式典にはニューヨーク市第2区議会議員の Harvey Epstein、Eストリート・バンドのギタリストで TeachRock 創設者の Stevie Van Zandt、Janie Hendrix をはじめ、グラミー賞受賞歴を持つ Living Colour の Vernon Reid、伝説のソングライター・パフォーマーの Valerie Simpson、Late Show with David Letterman の「World's Most Dangerous Band」ギタリストとして知られる Felicia Collins、そしてヘンドリックスと共に Electric Lady Studios を構想したプロデューサー・エンジニアの Eddie Kramer らが出席。地元の TeachRock 参加教師と生徒たちも参加した。
Stevie Van Zandt はこの日について以下のように語った。
1970年8月26日、Electric Lady Studios は正式にオープン。Steve Winwood、Eric Clapton、Ron Wood、Patti Smith らが集まるグランドオープニング・パーティーが催された。これはアーティスト自身が所有・運営する初の商業スタジオとなった。
悲劇的なことに、Jimi Hendrix はスタジオオープンからわずか数週間後の1970年9月18日に死去。このスタジオを十分に使う時間はほとんどなかった。
その後 Electric Lady Studios はローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、スティーヴィー・ワンダー、デヴィッド・ボウイ、パティ・スミス、レディー・ガガ、テイラー・スウィフトらを迎え入れ、半世紀以上にわたって稼働し続けている。
なお、2024年にも同じ通りが一時的に Jimi Hendrix を称えて改名されており、今回は永久的なコ・ネーミングとして正式に確定した。
今回の改名式典は、Experience Hendrix LLC と Stevie Van Zandt の TeachRock による新たな全国教育パートナーシップの発足とも連動している。新しいカリキュラム「Jimi Hendrix: Rock's Trailblazing Innovator and Influential Guitarist」は中学・高校生向けに設計されており、アーカイブ映像やインタラクティブなツールを駆使して Jimi Hendrix がブルース・R&B のルーツからロックの革命的存在へと成長した軌跡を学ぶ内容だ。teachrock.org で無料公開されている。
Run DMC、Joey Ramone、Missy Elliott などニューヨーク市と深いゆかりを持つアーティストたちの先例に続き、Janie Hendrix もグリニッジ・ヴィレッジに永遠の名前を刻む存在となった。
https://maps.app.goo.gl/YEjEXeG2SjWVR8js6

この日を誰よりも待ち望んでいたのは、ヘンドリックスの異母姉で Experience Hendrix LLC の CEO でもある Janie Hendrix(ジェニー・ヘンドリックス)だろう。
命名の式典で Janie Hendrix は、兄が1970年に亡くなって以来ずっとニューヨーク市に改名を求め続けてきたと明かした。彼女はニューヨーク・タイムズの取材に対し「Electric Lady Studios に署名用紙を置いて、『この通りを Jimi の名前にしよう』と書いていたのに、どこへも進まなかった」と語っており、56年間にわたる請願の末、ついに夢が現実となった。
今回の式典はもともと2026年2月24日に予定されていたが、大雪のため延期を余儀なくされ、6月10日に改めて開催された。
この式典にはニューヨーク市第2区議会議員の Harvey Epstein、Eストリート・バンドのギタリストで TeachRock 創設者の Stevie Van Zandt、Janie Hendrix をはじめ、グラミー賞受賞歴を持つ Living Colour の Vernon Reid、伝説のソングライター・パフォーマーの Valerie Simpson、Late Show with David Letterman の「World's Most Dangerous Band」ギタリストとして知られる Felicia Collins、そしてヘンドリックスと共に Electric Lady Studios を構想したプロデューサー・エンジニアの Eddie Kramer らが出席。地元の TeachRock 参加教師と生徒たちも参加した。
Stevie Van Zandt はこの日について以下のように語った。
また、Janie Hendrix も声明でこう述べた。Jimi は単にギターを弾いただけじゃない——彼はアートの可能性そのものを再定義した。TeachRock で、私たちはかつて Jimi の演奏を初めて聴いたときに自分たちが感じた、あの可能性と発見の感覚を学生たちに伝えたい。
1968年、Jimi Hendrix とマネージャーの Michael Jeffery は、グリニッジ・ヴィレッジの West 8th Street にあったナイトクラブ「The Generation」を購入した。Big Brother & the Holding Company、B.B. King、Chuck Berry、Dave Van Ronk、Sly & the Family Stone といったアーティストたちが出演し、Jimi Hendrix 自身が飛び入り演奏を楽しんだ会場だ。当初はライブ会場として復活させる構想だったが、レコーディング・エンジニアの Eddie Kramer とスタジオマネージャーの Jim Marron が説得し、最先端のレコーディング・スタジオへと転換することになった。このコラボレーションは私たちのミッションの核心に直結しています——教育を通じて Jimi のレガシーを未来へつなぐこと。Jimi の音楽は若い人たちが歴史、創造性、そして自分自身の可能性と向き合うための強力な扉です。
1970年8月26日、Electric Lady Studios は正式にオープン。Steve Winwood、Eric Clapton、Ron Wood、Patti Smith らが集まるグランドオープニング・パーティーが催された。これはアーティスト自身が所有・運営する初の商業スタジオとなった。
悲劇的なことに、Jimi Hendrix はスタジオオープンからわずか数週間後の1970年9月18日に死去。このスタジオを十分に使う時間はほとんどなかった。
その後 Electric Lady Studios はローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、スティーヴィー・ワンダー、デヴィッド・ボウイ、パティ・スミス、レディー・ガガ、テイラー・スウィフトらを迎え入れ、半世紀以上にわたって稼働し続けている。
なお、2024年にも同じ通りが一時的に Jimi Hendrix を称えて改名されており、今回は永久的なコ・ネーミングとして正式に確定した。
今回の改名式典は、Experience Hendrix LLC と Stevie Van Zandt の TeachRock による新たな全国教育パートナーシップの発足とも連動している。新しいカリキュラム「Jimi Hendrix: Rock's Trailblazing Innovator and Influential Guitarist」は中学・高校生向けに設計されており、アーカイブ映像やインタラクティブなツールを駆使して Jimi Hendrix がブルース・R&B のルーツからロックの革命的存在へと成長した軌跡を学ぶ内容だ。teachrock.org で無料公開されている。
Run DMC、Joey Ramone、Missy Elliott などニューヨーク市と深いゆかりを持つアーティストたちの先例に続き、Janie Hendrix もグリニッジ・ヴィレッジに永遠の名前を刻む存在となった。










